「あなた危篤ですよ」

私は、牧師として病院に行く機会が多いのですが、ある時、こういうことがありました。一人のご婦人が心臓を悪くされて、救急車で運ばれて入院されたのです。ところが、この方の家は古い団地でした。団地というのは何かあるとすぐ人のうわさになりますが、まして救急車となれば、窓という窓から見下ろされるわけです。このご婦人は、とにかくそれが嫌だった。具合は悪かったのですが、ようやく近くにいる息子さんのアパートまでたどりつき、そこから電話して救急車を呼んだのです。
病院に着くと、ドクターは言いました「あなた、危篤ですよ」。
何と、危篤であったにもかかわらず、このご婦人は、恥ずかしいとか、嫌だとか、そういうことを言っていたのです。
いかがでしょうか。実は、これは私たちにも当てはまることだと思うのです。私たちの感覚や、考えること、行動は、結構、当てにならないのではないかと思うのです。狭い知識や限られた経験の範囲で、いいとか悪いとか、言っている。専門家からすれば危篤なのに、私たちの方では結構、流暢に時間をもてあそぶことがあるわけです。
聖書の人間の見方は、決して楽観的ではありません。それは、私たちも薄々、気付いていることなのです。不安な気持ちになることがあり、言い知れない恐れを感じることもあります。その割に自己中心で、人をねたみ、嫉妬を持ち、敵意や怒りを抱きます。危篤の兆候が明らかであるにもかかわらず、専門家のところに行きません。主イエス・キリストはこう言っています「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」
自分は丈夫だ、正しい、また先ほどのご婦人のように恥ずかしいとか見栄を張るのはもう止めて、適切な治療をして人間を回復してくれるキリストのもとに、一日も早くあなたの荷を降ろしていただきたいのです。

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by rev_ushioda | 2011-08-21 23:58 | Comments(0)