「50周年おめでとう」

希望ヶ丘教会50周年の記念行事の一環で、教会から送り出した出身牧師を今年の礼拝説教者として順に招こうという企画が立てられ、私も、呼ばれることになった。
希望ヶ丘教会には、初めて行ったのは高校3年生のときであった。今思えば、教会の草創期に、門をたたいたことになる。その時の私を知る年長の人はほとんどいなくなり、当時の子どもたちが(自分も子どもみたいなものだったが) ― 当時の小学生たちが、今は「おばさん」「おじさん」になっている。その子どもたちが社会人になっていると聞けば、隔世の感がする。

妻が幼稚園で教えた子どもたちは、今は長老として、教会を支えている。
いろいろと思いが巡る一日であった。

希望が丘教会50周年、心からお祝い申し上げます。
50年とは、「半世紀」ということです。これを折り返したら、100年、1世紀になる。ですから、昔からおられた方も、最近来られた方も、今、この時を共にしている、そういうことに意味があると思います。ここから始まる物語は、「世紀」を作る物語になるからです。1世紀の教会を作るそのわざに、皆さんは、今から共に参加するのです。その皆さんに、主にあって心からおめでとう、と申し上げます。
さて、希望ヶ丘教会が、建築中の礼拝堂で最初の礼拝を行なってから5年後、すなわち1968年(昭和43年)その年は、教会設立礼拝が行なわれ、めぐみ幼児園が開園した年でしたが、高校3年生の私は、初めて、教会というところ(希望ヶ丘教会)に、行きました。その年の9月に教会は特別伝道集会を開催したのですが、その時、駅前で配布した1枚のチラシ、それを手にして、私は教会の門をくぐったのです。チラシには「あなたの悩みは解決できたか」と書いてありました。私には、悩みなど何もありませんでした。しかし、私はそのチラシで導かれたのです。講師は吉崎忠雄先生。お話は、何も覚えていません。ただ、高校生の私を、教会の「おばさんたち」が玄関まで見送ってくれたことが嬉しくて、以来、毎週日曜日、礼拝に出席するようになり、次の年に洗礼を受けました。
1968年と言えば教会設立礼拝が行なわれ、めぐみ幼児園開園の年でしたが、統計を見ると、礼拝人数が22人、最低を記録した年です。「あなたの悩みは解決できたか」と、教会が自分に向かって言うような状況だったと思います。当然、「今は教会の内側を整えるべき時だ」という声もあったようですが、「御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても」(テモテへの手紙 二 4章2節、口語訳)の言葉に励まされて、出て行って配ったチラシの1枚が、私を捕えたのです。
こうして、それから神学校に入学するまでの、おもに大学生時代、私は希望が丘教会の礼拝に出席しました。
考えてみると、「時が良くても悪くても」と言うのは、その後、希望が丘教会の姿を良く現す言葉ではないかと思います。私たちは色々計算して、その「時」を選びますが、しかし、すべての「時」は、神の中にあるのです。神の「時」にお任せして、人間の都合を優先しない、という牧会が、その後もずっと希望が丘教会でなされて来たのではないでしょうか。その結果、一人ひとりが成長を与られ、その賜物を生かして、それぞれの分野で力強く働く者になりました。こうして50周年を迎えた今、皆さんは、今度は次の50年に向けて、つまり、「世紀」を作る者として、今、ここで召されたのです。ですから、心からお祝いを申し上げます。(本日の説教導入の言葉から)

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by rev_ushioda | 2011-08-14 09:02 | Comments(0)