「東海道 37~39日目 坂下~石部越え」

去年の11月から動きが取れなかったが、やっと出発することができた。今回は、いよいよ鈴鹿峠を越えて、近江の国に入る。琵琶湖の国、滋賀県である。すると、目的地「京都」は、もうすぐそこだ。
今回の記事には、いろいろ見所がありますよ! まず、このビデオから (ビデオでは 「さかした宿」と言っているが、正しくは「さかのした宿」)。
 


(拝借した地図なので、「現在地」は消せなかった・・・私たちの現在地は、草津手前である。京まであと30キロ!)

今回のトピックは、
1.ついに近江の国(滋賀県)に
ついに、鈴鹿峠を越えた。すなわち、伊勢の国から、琵琶湖がある近江の国に入った。9ヶ国目である。食事をした店で「おおきに」といわれた。初めて、自分に向かって言われた「関西弁」であった。
私たちの歩いたコースは上の通りであるが、 坂下宿~土山宿~水口宿~石部宿~草津宿手前まで、42キロくらいか。もう、琵琶湖の下である。石部は、「京発ち石部泊まり」と言われ、京を朝早くに発てば、その日の最初の宿となる。ついに我々は、京に手が届く地点に立ったということだ。
コース →ルートラボ
(ここを開き、大きくした上で、「写真」モードに切り替えると、家並みまでわかり、旧道の雰囲気がよく見えてきて、私たちが歩いているのも見えますか? 嘘です、見えません。)

2.交通の難所、鈴鹿峠をクリア
鈴鹿峠は、「東の箱根、西の鈴鹿」と言われるくらいの難所である、と言われてきたが、峠自体はまったくたいしたことはない。ネットで事前にどの程度の難所かときいたら、「裏山をちょっと登るくらいですよ」。本当にそんな感じで、「坂道は顔中から汗が出るね」とか言っていたら、峠に出てしまった。難所の意味は、昔、山賊が出たことらしい。現代は、本当にたいした峠ではない。しかし、鈴鹿峠は、現代は交通の難所である。鉄道も大きく迂回しているし、バスも通ってない。通常、車を置いて歩き出し、10~20キロ先から、電車やバスで元の場所に戻ってくるが、しかしここは鉄道もバスもないのである。今回、この交通の難所をどのように越えようかと頭を悩ましていたら、妻が、娘夫婦が夏休みだったこともあり、さっさと「一緒に行こう」と誘って、結局、そうなった。車があって、どこでも自在に迎えに来てもらえることで、交通の難所は難なく越えることができた。

3.孫と一緒に街道歩き。
そういうわけで、一緒に行った娘家族は、甲賀忍者の里に行ったり、近くの牧場で遊んで、私たちは街道を行く。適当なところで車を回してもらい、ホテルにと、今回は交通の難所でありながらも、今までになく楽な行程を組むことができた。車は、有難い。いや、家族は、であった。
おまけがついた。時間が少しあまったので、前回、取り残した亀山から関宿の間を、孫と娘と一緒に歩くことができたことである。距離も1時間半の距離、途中の景色も良い。いろいろ好都合が重なって、思わぬ街道歩きが実現した。
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その他の写真は アルバム → http://animoto.com/play/1IS0YFnpQWmLFkI9wSV0nA
(英語のページになるけれど、びっくりしないでね。写真は、日本語です ん?)

孫と歩いたコースルートラボ 
(これも「写真」モードで。位置としては、上の1.のコースに入る手前になります)

4.いよいよ、草津(4キロ手前)
今回は、上に書いたように交通の便が良かったため、思いのほか、距離を延ばした。もう、琵琶湖の下である。
いよいよ草津。ここは中山道への分岐があり、何よりも、ここは京都に届く距離だ(残り30キロ)。まる5年かかったが、あと1回ここにくれば、いよいよ京都にゴールする。感動的ではないか。(が、私の思いは早くも草津から延びる中山道に・・・)
その他の写真は アルバム → http://animoto.com/play/g4IuvAtPOidqJO0A2aobjQ

5.ノルディックポール
今回、大きな助っ人を手に入れた。妻が手にしている「ノルディック・ポール」である。被災地でこれを普及させている人がいるとテレビで紹介されていたが、これはいい。軽快なリズムが維持できる。全身運動になる。長く歩くと、手が重くなるが、それがない。試しに1本だけ購入してみたが、帰宅後、さっそくもう一本購入した。

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→ http://item.rakuten.co.jp/hatalabo/wh5024/#wh5024

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Commented by 海二 at 2011-08-09 06:18 x
先祖の家の跡が、茶畑になっていたのですね?!
思いっきり非日常の世界にひたれるから、いいですね。画像だけですが、おこぼれ頂戴しています。
Commented by rev_ushioda at 2011-08-09 11:56
え~と、「先祖」ではなく「本陣」、大名が泊まる由緒ある旅籠です。東海道有数の宿場であった町が、やがて鉄道が敷かれて幹線からはずれるやいなや、このようにまったくすたれてしまうという例です。旧街道を歩くと、現代文明とのギャップの中で、いろいろ哲学的な思索にも誘われます。
Commented by 海二 at 2011-08-10 10:01 x
「大竹屋本陣」とあったので、我が先祖が開いていたものかと・・・?!
Commented by rev_ushioda at 2011-08-10 12:47
Aaaaa ついて行けなくて、失礼しました ^^;
Commented by 海二 at 2011-08-12 18:23 x
寝言で聖歌を歌う先生は、やっぱりまじめだなー。
それでこそ、うしおだセンセーだーーーっ。
by rev_ushioda | 2011-08-08 11:51 | Comments(5)