「教会で 講談」

教会で講談をすると聞いたある方は、「ミスマッチ」と形容されました。なるほど、教会やキリスト教とは、まずそのように日本文化とは切り離した仕方で捉えられているのだと、改めて思った。本来、そういうことはまったくないはずなのにもかかわらず、一般にそのようなイメージがあるのは否めない。150年のプロテスタント・キリスト教の責任もあるのかも知れない。
まあ、そういうことも念頭にあるので、チラシには「え、何? コーダン?」という添え書きをしたわけである。
講談師 神田ナザレさんの語りは、聖書の世界にぐいぐい引き込んでいく、なかなかすばらしいもので、
日本に昔から伝わる伝統の話芸「講談」。「講釈師、冬は義士、夏はおばけで飯を食い」と申しますように『忠臣蔵』や『怪談話』で有名ですが、今回は聖書のお話を聞いていただきます。
そのように前置きしながら、幽霊の話も交えて、聖書の世界に私たちを連れて行ってくださった。午前中のいつもの礼拝説教でも説教していただいたが、神田ナザレ氏は、実は、日本キリスト教団 駒澤教会の北川正弥牧師。さすがにそこはスーツかと思っていたら、駅に現われた同氏は、着物姿。初対面なので言おうとしていた言葉を失ってしまった。着物で説教することは、私のあこがれであり、変なところで感動。さすがに、説教は(当たり前であるが)普通の説教であったが、普通に話していても、どこか講談の香りが・・・ 神田一門に社会人弟子とはいえ弟子入りすると、違うんだなあと、ここでも感心した次第。教会にとって、非日常的なすばらしい経験をさせてもらった一日であった。午後は会場の広さに見合う30余人の来場者で、初めての人にも来ていただき、とても良かったと思う。

・・・それはそれとして、午前中はいつもよりずっと礼拝人数が少なかったことに対しては、やはり評価の言葉が見つからない。やはり、というのは、泉教会ではクリスマス、イースター、ペンテコステのほか、何か大事な時になると、いつもの人数がぐっと減るという不思議な現実が、従来よりあるのだ。まる1日になると、確かに高齢者などハンディを持つ何人かの方たちが来れないということを除いても、そこに課題が顕在化する私たちである。
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by rev_ushioda | 2011-09-12 09:12 | Comments(0)