「畏れるべきを知らず」

いったい、大津波を人間の構造物で防げるのでしょうか。原発は安全だという人間の英知は、自然を越えることができるのでしょうか。
ある年のこと、丹沢でキャンプ中、大雨のため増水した沢に家族も、仲間も押し流されたという痛ましい遭難が起きました。キャンプ用品が手軽に揃うようになったし、車でどこにも行けるという気安さから、いわゆるキャンプ・ブームになっていますが、問題は、自然との付き合い方です。こちらは気軽な感覚になっていますが、自然は昔から何も変わっていないというところに、落とし穴があるのです。町の中にいるようにしてキャンプに行くと、自然の力に驚かされる。こわい目にも遭う。自然とは何か、感覚が麻痺しているのです。町の中であっても、コンクリートに固められた川、下水での急な増水による事故が起こっています。人間は何でも思い通りやってきたのですが、思いのままにならないものがある、ということに気付かなければなりません。つまり、そういうものを正しく畏れる、正しい関係を作るということが大事なのです。
もう一つ、人間が畏れることを知らなくなったものがある。神への畏れです。私たちはキャンプしてはいけないところ、丹沢ではあの中州でしたが、そこにキャンプしているのではないでしょうか。神なしの、神を畏れない生活をしているのです。
丹沢の中州にいた人たちは、「危ない」と何度も注意されていたと聞きます。しかし目の前の楽しさが優先していたように、実は私たちが、そうなのです。「聖書を読まなくたって大丈夫。祈らなくても、教会に行かなくても、大丈夫。関係ない」と言って、自分の生活スタイルを変えないのではないでしょうか。今の自分の生活、つまり中州に張ったテントという生活、神なしの人生を動かさず、神を畏れる人生を作ろうとしないのです。
自然と正しく付き合えばすばらしい体験ができるように、神を正しく畏れ、良い関係を持つ人生に、あなたのテントを少し移動してみませんか。

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by rev_ushioda | 2011-07-11 12:54 | Comments(0)