「不活動会員」

不活動会員とは、1)礼拝に少なくとも3ヶ月に一度も出席することのない者、2)何らかの方法で教会との連絡を保つことをしない者、3)所属する教会の財政的な重荷を分担しない者を指します(カンバーランド長老教会の場合)。
現在、泉教会には7人の不活動会員、ボーダーで1~2人がいます。理由は、遠隔地在住(学生2、生活問題1、認知症1)、その他、離婚(1)、神学的問題(1)、教会に馴染めない(1)、不活動のまま転入受け入れ(2)等、いろいろあります。不活動と言っても会員ですから、折に触れて祈りに覚え、連絡を保ちつつ、泉教会では難しかったのであれば、何とかどこかの教会に繋がってほしいと、心から願っています。
ところで、かつて私は、不活動会員が1人でもいれば、自分の無力と大きな責任を感じて、それこそ、牧師失格と思っていました。
しかし、そうなると牧師の命がいくつあっても、足りません。どこかで、ハッと気づきました。そのような課題を抱える人を、この教会は、受け入れることができたのだ、と。不活動になりそうな人を恐れて、最初から受け入れることをしない、という方法を選ばなかったのです。多少、心配がある人も、(いえ、元気な人もいつ落ちてしまうかわかりません)どの人も、受け入れたのです。その人のためにキリスト者として居場所を作ったのです。つまり、祈りに覚える場所を作ったのです。その結果、案の定、不活動会員となったとしても、私たちはあなたの名を覚える、と言い続けるのです。それが泉教会であれば、喜んで不活動会員がいることを誇ろうと思うのです。今は教会から離れているけれども、この人も、あの人も、キリスト者として名前を覚える場所は、教会しかないのです。その教会が、泉教会であったのです。
不活動会員が多い教会は、それだけ魂に重荷を感じ、魂に対して祈ることに熱心であった証しだとさえ、思っています。喜んで不活動会員を数えたい。そして、それにも増して、彼らにふさわしい道が開かれることを、祈り続けたい。
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by rev_ushioda | 2011-07-07 21:26 | Comments(0)