「揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり」

今朝の朝日新聞に 「祈りよ再び」と題しての記事があった。
「宮城県気仙沼市に流木の十字架が立っている。津波で全壊した気仙沼第一聖書バプテスト教会の跡地に牧師たちやボランティアが作った。1日、震災後初の礼拝があった。」
2年前に献堂した礼拝堂であるとのこと。記事と一緒に掲載されている写真には、「町」は、跡形もない。もちろん、その礼拝堂も、ない。ただ、教会があった場所に十字架が立てられているだけだ。瓦礫の中から拾い出した木で組んだ十字架と、手前は、ようやく見つけ出した、礼拝堂にあったという十字架。このふたつの十字架が、人々の希望の象徴として立てられた。
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そういえば、関東大震災の時に作られたというのが、聖歌397番である。

1.遠き国や海の果て 何処(いずこ)に住む民も、見よ
慰めもて変わらざる 主の十字架は輝けり
 (くりかえし)
     慰めもて汝がために 慰めもて我がために
     揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり

2.水は溢れ、火は燃えて 死は手、広げ待つ間にも
  慰めもて変わらざる 主の十字架は輝けり

3.仰ぎ見れば、など恐れん 憂いあらず、罪も消ゆ
  慰めもて変わらざる 主の十字架は輝けり

下にも動画をつけたが、ピアノの曲はこちら 曲を聴きながら、詞を読んでみたい。



聖歌の友社 聖歌撰の解説によると、大阪市立高等商業学校(現・市立大学)の英語講師で 大阪に在住していた作者 J.V.マーティンの言葉が紹介されている。
「 東京大震災の 9月1日(1923年)の夜、多くの罹災者が 芝白金の明治学院の運動場で 夜を迎えました。
九死に一生を得た人々に 蚊帳とロウソクが支給されました。その夜、たまたま東京にいた私は 明治学院に見舞いに来たところ、蚊帳の中で点火されたロウソクの火が 丁度、暗の中の十字架に見えたのです。私は早速ペンを執り、この詩を書き上げ、その後大阪に帰ってこの曲をつけました 」 。

3.11の東日本大震災で、家族、友人、地域の仲間を失い、家をはじめ何もかも生活基盤を流された人々の絶望は、いかばかりであろうか。震災後の原発問題は、人間が作り上げた文明がまさにバベルの塔ではなかったかと警鐘を鳴らしている。風評問題では、人がいかに簡単に不安に陥る者であるかを暴いている。政府の対応のまずさと政治の混乱は、私たちを失望させるに余りある。そういう中で、この賛美を見よ。
「揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり」 何と力強い、慰めに溢れた歌、賛美であろうか。いや、十字架と復活の主への信仰であろうか。

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Commented by ミリアム at 2011-05-06 22:47 x
私はこの写真を楽譜の裏表紙に貼りました。

来年の、まさに3月11日、
バッハのロ短調ミサ曲を
召された方々のために
演奏します。
Commented by rev_ushioda at 2011-05-20 13:39
来年の3月11日ですか、その企画があるのですね。
私たちの心に刻む日が増えました。
その日のひとつひとつに重ねて、人間の希望のドラマも、生み出したいですね。
Commented by ミリアム at 2011-05-24 22:58 x
そうですね。
「主の十字架と復活」から
すべての「人間の希望のドラマ」が
始まるのですね。

楽譜の裏にはもう一つ大切な言葉が
書いてあります。

「Soli Deo Gloria」
by rev_ushioda | 2011-05-02 17:29 | Comments(3)