「ディアコニア・未曽有の災害に際し」

日本を襲った未曽有の大災害のために、私たちは、教会として何をすべきでしょうか。

聖書に特徴的な言葉として、「ディアコニア」という言葉があります。日本語では「仕える」「奉仕する」「世話をする」「もてなす」「給仕する」「奉仕者のつとめをはたす」などと、訳されます。相手の必要に備え、助けるという意味を持っている言葉です。主として具体的、物質的な隣人への奉仕を指しますが、何よりも、主イエスとの関わりで書かれています。

「人の子が来たのも、仕えられる(ディアコネオー)ためではなく、仕える(ディアコネオー)ためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」 (マタイ20・28)。

ですから、主イエスの飼い葉桶での誕生、十字架、復活は、神により為された最大のディアコニア(奉仕、もてなし)でありました。
名詞形がディアコニア(奉仕、援助)、ディアコノス(奉仕者)です。主イエスのディアコニアによって、私たちは、人に仕えるディアコノスになるのです。ディアコノスに対して主イエスは、後の日にこう言われるのです。

「(あなた方は)わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた …この最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」 (マタイ25・31-46)。

私たちは、主がそこにおられると受け止めて、食べさせ、飲ませ、宿を貸し、着せ、見舞い、訪ねるディアコノスなのです。何よりも、主が十字架で死んで、墓から復活してくださったことを行為の根拠とします。そうでなければ、何をするにしても、上から目線の哀れみ、自己満足にしかならないでしょう。ディアコニアは、主が自らを低めてくださったところからだけ、出発するのです。ゴールは、復活の希望です。それが、私たちの行動の根拠です。
ディアコニアは、 「行為と行いによる福音の展示なのである。それは、台詞(せりふ)のない救いの無言劇である」 (『明日の社会と明日の教会』ホーケンダイク)。

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by rev_ushioda | 2011-04-01 16:50 | Comments(0)