「中心の移動」

私たちの教会は、今の家との出会いがあって始められた教会です。けれども、不動産屋でこの家を見つけた時、実は1か月ほど見向きもしませんでした。もっと駅の近く、もっと大きな街道沿いに、と思っていたからです。
しかし、ふと、この家を中心に周りを見てみました。すると、けっこうこの場所は3つの駅の中心に位置していて、交通の便はそう悪くはない。道路も、比較的分かりやすく、人に教えやすいのです。駅や街道沿いを中心に据えていた時には気付かなかった気付きでした。「ここでいけるじゃないか」と思いました。私は、中心を移動してみる、ということを学んだのです。そうすると、今まで何にこだわっていたかに気づく。そして、新しいものの見方、新しい世界が開けていくのです。

聖書で大事にされていることの一つは、この中心の移動ということです。

ただ、まずそこで言われているのは、私たちではなくキリストが、天から地上の私たちのところに中心を移動してくださった、ということなのです。キリストは、中心の移動など、なさらなくてもよかったのです。天にあって動かず、でんと構えていればよかったのです。しかし、キリストは地上の弱さ、罪ある貧しい私たちのところにまで、中心を移動してくださったのです。キリストはあの馬小屋の飼葉おけの中に誕生されたことは誰も知っていますが、そこまで中心を移動し、貧しい私たちに、身を委ねられたのです。さらに、静かな山の上から、平地、町の中に移動し、そこで人の痛みや苦悩、人間の破れを引き受けていかれた。ようやく落ち着いたかと思うと、もう次の町に出て行かれます。こうしてキリストは中心を移動し、私たちすべての人を、招いているのです。

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by rev_ushioda | 2011-02-21 16:53 | Comments(0)