「聖書、祈りを省略するな」

かつて、渋沢教会の週報に書かれてあった記事です。心に残ったので、保存してありました。ここに転載します。(転載のため一部修正)

書棚に、少年少女世界文学全集(学研)があります。その中の『ロビンソン・クルーソー』(デフオー作・三浦朱門訳)を読んでみました。しかし、どうも変なのです。いくら読み進んでも、あの聖書との出会いの出来事が、語られないのです。皆さんご存じのとおり、絶海の孤島にとり残されたロビンソン・クルーソーは、残された船の積み荷の中から聖書を発見し、その言葉によって慰められ、励まされたのでした。
私は、旺文社文庫の『ロビンソン・クルーソー』(佐山栄太郎訳)でその個所を確認してみました。そして、三浦朱門訳は、あの作品の一番大切なところを省略したのだということがわかりました。聖書の言葉によって支えられる人生などというものは、少年少女には理解できないという判断でもあったのでしょうか。それにしては、これもやはり同じ書棚にあるのですが、日本ブック・クラブ刊のこども名作全集『ロビンソン漂流記』(大平陽介作)には、ちゃんとそのことが語られていました。まことに、理解に苦しむ省略というはかはありません。訳者がクリスチャンであったということも皮肉な話です。
今年の教会活動主題は、『聖書を学び希望を持ち続ける教会』です。私どもの人生のドラマで一番大切な部分は、聖書との出会いの出来事です。このことは、大人だけに意味のあることではなく、こどもたちにとってもそうなのです。ロビンソンが孤独や絶望から守られたのは、彼の傍らに聖書があって、それが希望を与えてくれたからでした。
みなさん、わたしたちは、聖書や祈りを省略した人生にしないよう励ましあいましょう。今週の日々も、あなたの生活に聖書を読むことと祈りが見出され、あなたを見守っていてくださるキリストのお顔に、ほほえみが浮かびますように。(執筆 浜崎牧師)

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by rev_ushioda | 2011-01-20 16:19 | Comments(0)