「キリストが眠る舟」

私たちの人生は、考えてみれば、小さな船が大海原を行くようなものです。平安な気持ちでいられる日もあれば、大荒れに荒れる日もあります。どうしてよいかわからなくなると、私たちは、けっこう人に当たり散らしたくもなる。嵐の中で、人間関係がこわれていくのです。
聖書の中に、キリストと弟子たちが乗った小舟が、まさに嵐に遭遇した出来事が書かれています。舟は、波をかぶって、水浸しになるほどであった、と言います。弟子たちはさすがに、大騒ぎになってしまいました。ふと後ろを見ると、何と自分たちの先生が眠っておられるではありませんか。「先生、私たちがおぼれてもかまわないのですか!」
私たちの人生に起こる嵐のお話から始めましたが、そういう時、私たちは大変だ、大変だ、と走り回る。不安になり、恐ろしくなり、叫んで、人に当たったり、反対に泣きたくなったり、絶望的になったりするのです。しかし、ここが聖書の大事にするところなのです。その時に、キリストは同じ舟で眠っておられる。弟子たちが、ああ、大変だ、もうだめだ、と言っているその同じ舟で、キリストは眠っておられるのです! 眠るというのは、安全でなければできないことです。弟子たちの舟は確かに嵐の中だったでしょうが、キリストから見れば、こうして眠ることができるくらい安全なんだ、ということだったのです。
私たちの人生という舟も、けっこう揺れます。上がったり、下がったり、水をかぶったり…。でも、後ろを振り返れば、そこにはキリストが眠っておられる。私たちの舟はそういう舟、人生だったのです。それなのに、私たちは大騒ぎをしてしまいます。だから、聖書は、後ろのキリストを振り返るようにと言っています。そして、振り返るためには進みっぱなしではだめで、立ち止まらなければいけない。立ち止まる。それが日曜日の礼拝です。そこで、後ろを振り返る。キリストが寝ておられるのを見て、安心を確認して、また一歩、進めるのです。あなたも、この礼拝においでになりませんか。

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by rev_ushioda | 2011-01-17 15:12 | Comments(0)