「ショックな話」

アマゾンで「3本の木」という中古本を買った。(私は、よく中古本を購入する)
届いた本は、中古本ではあるが、良好であった。中を開いて愕然とした。書き込みがある。そこに次のようなに書かれていた。

f0086426_1133157.jpg


ああ、この人はどうしたのだろう。このような祝いの本を手放したとは・・・
このことを教会で話題にしたら、この人には同じ本が別にたくさんあったのだとか、好きなタイプの人からもらったものではなかったのだとか、本人が亡くなって家族が処分したのだとかいうものまで、いろいろな推測を呼んだ。
実は、もう1冊ある。「使徒信条・十戒・主の祈り」という本だ。これも中古本。そして、つぎのような書き込みがあった。

贈****様
受洗記念
2000.6.11
**教会

私の手元に2冊もあるということは、意外とこのような例は多いのかも知れない。
確かに、読みたくない本を贈られても置き場所に困るという経験は、私にもある。それでついに処分・・・もしたことがある。しかし、受洗のお祝いとなると、ちょっと訳が違うと思う。お祝いの、喜びがこもったものである。自分にとっても人生の一大事であったはずである。そういう記念の本である。誰が贈られたか知らないが、私の手元にある2冊の本を前にして、この人の信仰が健やかであってほしいと祈らざるを得ない。

牧師の手に戻ってきたということは、洗礼を授けた手こそ違え、この人のために祈れということなのだろう。私も、何人もの人に洗礼を授けてきた。厳粛な思いにされた出来事であった。

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Commented by shima at 2010-12-13 14:49 x
売ると言うことがどうかと言うことは別にして、私も受洗の時、違う方から同じ本をいただいたことがあり、書棚に同じ本が2冊並んでいます。
Commented by rev_ushioda at 2010-12-13 16:58
本の場所というより、自分のために祈ってくれる二人の祈りが置かれている場所、ということですね。
Commented by ミリアム at 2010-12-14 11:49 x
「牧師の手に戻ってきた」ということが
なんともすごいことですね。

主の御業、としか表現できないなあ。
by rev_ushioda | 2010-12-13 01:13 | Comments(3)