「いつでも帰ることができる家」

教会には、いろいろな人がやって来ます。大人も子どもも来ます。ある時、教会の近所の「さっちゃん」(仮名)が、泣きながら教会にやってきました。
見ると、さっちゃんは、はだしでした。お父さんとお母さんが家でけんかをしていたので、悲しくてたまらない気持ちになって、そのまま家を飛び出してしまったのだそうです。教会に来るまで、ほかに友達の家とか行く所はたくさんあったと思いますが、さっちゃんは、以前通っていた教会を思い出し、いつの間にか教会に来ていたのだそうです。
お話を聞いたあと、私は「イエスさまは、さっちゃんの辛い気持ちをよく分かっていてくださるよ」と言って、一緒にお祈りをしました。さっちゃんの辛い気持ちが和らぐように、また、お父さんとお母さんが仲良しになるように、祈リました。しばらくすると、さっちゃんには前のような笑顔が戻ってきたのでした。やがてお母さんが迎えに来てくれて、さっちゃんは明るい顔で帰っていきました。

皆さんは、つらい時、さびしい時、困った時、子どものようになって飛び込んでいける所がありますか。もちろん、うれしい時には一緒に喜んでもらえる所がおありでしょうか。あれば、幸いです。
あなたは、以前、教会に行っていたけれども、今はもうずっと教会に行っていない人であるかも知れません。あるいは、まだ一度も教会というところに行ったことがないかも知れません。たとえそうであったとしても、教会では、いつでもあなたに来てほしいと思っています。飛び込んで来てほしいと思っています。そのつらい事情や状況を変えることはできないかも知れません。しかし、一緒にお祈りすることはできます。あなたが祈れないなら、牧師が代わって祈ります。

私が初めて教会に行った時、帰りに玄関で見送ってくれた教会の人たちから「行ってらっしゃい」といわれました。その時、教会は帰るところなのだ、いつでも帰れる「祈りの家」なのだと知って、うれしくなったのを思い出します。あなたも、教会にお帰りなさい。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ ランキングに参加しています。よろしく。
[PR]
by rev_ushioda | 2010-11-12 09:03 | Comments(0)