「掴み取られる」

私が初めて飛行機に乗ったのは、アメリカのチャタヌガというところに行った時でした。エンジンの音が高まり、小刻みの振動があったかと思うと、急に、何か上からつかみ取られたというような感じで浮き上がり、かなりの上向きの角度で上昇していくのですね。何から何までめずらしいので、離陸してからずっと窓の外を見ているのですが、気付くと、ほとんどの人は窓の外など見ていない。新聞を読んだり、隣の人と話したりしているわけです。
あの飛行機の中の人たちは新聞を読んだり、人と話したりして、つまりまったく普通の生活の営みをしているわけですが、その人たちがまるごと上からつかみ取られるようにして、飛行機は、上昇していくのです。
私は、そこで大事なことに気付きました。なるほど、私たちは一生懸命にこの問題、あの問題を何とかしようと走りまわる。あるいは、日常生活を当たり前のように生きているのですが、自分の力ではない、他の力で人生が支えられているというか、掴(つか)まれているわけです。当たり前のことを当たり前のようにして生活している私たちですが、しかし、その私たちは、もう神さまから、掴(つか)み取られているということなのです。
このような見方、考え方を養っていくことが、教会に行くということなのです。毎日の生活がいかに大変であろうとも、逆にいかに平凡であろうとも、いずれにしてもそれは当たり前ではない力に支えられている、神の恵みの中にある、ということです。そのことを知る人は、人生、変わります。気持ちの持ち方、世界の見方、病気や苦しみへの対処の仕方、そして人間関係も、変わります。
聖書の言葉「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲(わし)のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」(イザヤ40:31)。泉教会では日曜日朝10時30分に、初めてのあなたもお迎えしています。一緒に心を高く上げましょう。

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by rev_ushioda | 2010-07-12 18:04 | 生き方 | Comments(0)