「でこぼこなら、そのままに」

座間市に、「行幸道路」という名前の道路があります。行幸というのは、天皇が外出することを言うのだそうですが、戦争中、天皇が国鉄相模原駅から座間市にあった陸軍士官学校、現在のキャンプ座間に来ることになった。ところが、道は曲がりくねっている上に舗装もしていない。これではいけないということで、急遽、工事をして道幅を広げ、真っ直にしたのです。

大事な人物が来られるというので落ち度がないようにきちんとやるのは、それはそれでいいのですが、そうすることは人々に相当の緊張を強いることになります。

考えてみると、私たちはいつもそのような、狭い道は広く、曲がった道は真っ直に、でこぼこの道は平らに、というようなしかたで人生を生きるように期待されているのではないでしょうか。あとから来る「良い地位」「収入」や「名誉」「名声」時には「メンツ」のために、狭い道は広く、曲がった道は真っ直に、でこぼこの道は平らにしようとする、いわばそういう「洗礼」を、誰も受けていると言えないでしょうか。こうしなければならない、こうしてはいけないという「行いの洗礼」を、いつの間にか、私たちは自分の意志とは無関係に受けているのです。けれども〔家では親から、学校では先生から、会社では上司から〕期待されればされるほど、そうできない現実の自分とのギャップを感じるようになり、だから苦しくなるのではないでしょうか。辛くなるのです。
それに対してキリスト教の洗礼というものはどういうものかと言うと、神さまに愛されているという洗礼です。狭い道も、曲がった道も、でこぼこの道も、そのままで愛されている。神さまに受け止められている。そこにはきっと意味がある。そこから、すべてのドラマが始まる。だから、心を高く上げよう。そのように呼び掛けるのが、キリスト教なのです。そこに希望のドラマがあります。ここに、まだお会いしたことのないあなたがおいでくださるのを楽しみにしています。
みんなのキリスト教・泉教会は、相鉄線いずみ中央駅、または市営地下鉄立場駅で下車、どちらからも歩13分。電話番号は、045-803-1749。
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by rev_ushioda | 2010-07-02 10:53 | 生き方 | Comments(0)