「木を植えた人」

私たちの生涯の歩みを「畑」としてたとえるなら、私たちはそこに良い種を蒔いていきたいと思います。
朝日新聞の天声人語にも紹介された「木を植えた人」という本があります。ジャン・ジオノという人が書いた、小さな本です。フランスの、ひどく乾燥した地方を旅している著者が、一人の羊飼いに出会うところから物語は始まります。この羊飼いは、世間の動きにはまったくお構いなしといった感じで、毎日、毎日、一粒一粒のどんぐりを、乾燥した荒れ地にまき続けていました。
何年か後に、再びこの地方を訪れた著者は目を見張りました。かしの木が、辺り一体に茂り、あの乾燥した土地には、さわやかな風が吹き抜けているではありませんか。そして30年後、渇いた谷間には小川さえ流れ、水のほとりには風が運ぶ植物も育っている。驚いたことに、かつて厳しい環境のため、お互いにいがみあい、神経がいらだっていた人々が、今は、希望を持たないときには決してしないような仕事に、いそしんでいたのです。著者は言います「それなら、ここには希望が戻っているのだ」。
どんぐりは、やがて森を作っただけではありません。人の心には希望を取り戻したのです。著者はこの本で、世の中を変えるのは決して目立った行動ではないこと。力まず、目立たず、即効を期待しない、地道に種を蒔くことなのだと言っているのでしょう。
確かに、私たちが日々、何を蒔くかで、結果は大きく違って来るのです。私たちの生涯というものは、今はただ荒れ地としか見えなくても、聖書の約束では、きっと生産性の高い畑なのです。必ず、希望の泉が湧き、希望の風が戻ってきます。そのために私たちは心を高く上げる。聖書の言葉という種を、蒔き続ける。このわずかな一歩が、必ず後の日の大きな一歩につながるのです。
あなたも教会の日曜日の礼拝においでください。心からお待ちします。泉教会の礼拝は、日曜日朝10時30分です。
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by rev_ushioda | 2010-06-05 23:34 | Comments(0)