「吉崎牧師を送る」

吉崎先生が亡くなった。
葬礼拝のための祈りを思い巡らしていたら、ひとつのことに気付いた。
私が牧師になる決意を固めたのは、去年の10月に亡くなった瀬底先生の牧会を間近に見たからであった。
私が初めて教会に行くきっかけになったのは、吉崎先生が講師として招かれていた希望が丘教会の特別伝道集会だった。
キリスト教と出会うきっかけとなった先生と牧師になるきっかけとなった先生と、私はそのお二人の葬儀の司式をすることになった。

そのことに思い至った。

そうしたら、何やら無性に寂しくなった。私の原点には、この二人の先生方がおられたから、先達を失う寂しさが込み上げてきたのである。信仰の「ふた親」を亡くしたような感じであろうか、何とも言えず、寂しい。

そういう意味で、今回の葬儀は、私が牧師として精神的にひとりだちする時なのだ、そのように思った。
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by rev_ushioda | 2005-04-29 22:51 | Comments(0)