「なぜ、一番じゃなければだめなんですか?」

 以下、少し古い記事であるが、昨年11月25日の「産経ニュース」の引用である。
 ノーベル化学賞受賞者で、理化学研究所の野依(のより)良治理事長が25日、自民党本部で開かれた同党文部科学部会に出席し、政府の行政刷新会議の「事業仕分け」作業で、次世代スーパーコンピューターの開発予算が事実上凍結されたことについて、「不用意に事業の廃止、凍結を主張する方には将来、歴史の法廷に立つ覚悟ができているのか問いたい」と痛烈に批判した。…次世代スパコンはいったん凍結すると、瞬く間に各国に追い抜かれ、その影響は計り知れない」と強調した。

 これを受けて、徳善義和氏が述べている。
 これは競争に勝つということである。…第二次大戦末期、…ナンバーワンになった国は…近隣の敵国に猛威を振るい、恐怖を与えた。極めつけは核爆弾の開発だった。…まさしく「世界第一位」こそが「歴史の法廷に立たされた」わけである。(キリスト新聞2010.1.30号)
 
 仕分け人は訊いた。「なぜ、一番じゃなければだめなんですか?」

 愚問だと決め付ける人もいる。しかし、今、私たちはそれをすることがどういう意味を持っているか、いつも問うていかないと、歴史の法廷、神の前で言い訳ができなくなるのである。こちらが一番になることで、いかに多くの人を、民族を、国家を、踏みにじってきたか、そういうことをしてそれを平和、「共栄圏」と言ってきたこと、そんなものは敗戦によって打ち砕かれてしまったこと、その歴史を、私たちは考えなければならないのである。

 「なぜ、一番じゃなければだめなんですか?」

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by rev_ushioda | 2010-01-27 00:28 | Comments(0)