「演技しなくてよい」

いつものように、私自身のことからお話を始めたいと思います。私が思春期を迎えた時のことです。高校生で、男だったら、友達と別れる時に普通は「グッバイ」と言いますが、私は、なぜか、それが言えませんでした。言いたかったのですが、「グッバイ」ではなく「さよなら」と言って別れたのです。それでもいいではないかと思うでしょう。でも、私は「グッバイ」を言いたかったのに言えないことで、とても苦しかったのです。
私は、小学校の時、常に、おとなしい、消極的という評価を受けていました。いわゆる真面目タイプです。中学になって、ある時クラスで物がなくなったことがあります。その時にどういうきっかけか、先生が「潮田はそんなことをする人間ではない」と言われました。そして、その辺りから、無意識の中で「いい子」を演じるようになったと思います。「そんなことをする人間ではない」真面目な人間を、作り始めたのです。真面目でないと自分の居場所を失うぞと、無意識の中で思ったのですね。そして、真面目な人間は「さよなら」と言うのだ。理由(わけ)もなく、どこかで、そうなったのです。
私は、無意識の演技をしていたのです。「グッバイ」が言えなかったのは、私の無意識からくる演技であって、本当の自分ではなかったから、辛かったのです。
私たちは、けなされたらもちろん、ほめられても、もしそれが正しい評価でないなら、苦しいのではないでしょうか。よく「がんばれ」と言われる。それも、がんばれない人には苦しいのです。あなたはどうでしょうか。まるで、人の入れるスイッチで上がったり下がったりするエレベーターみたいに、上がったり下がったり、演技しようとしていないでしょうか。かつての私のように。
でも、主イエス・キリストは、あなたを愛しています。愛するとは、そのままのあなたでOKと言って、受け入れてしまうことです。だから、キリストの前では、もう何も演じる必要はありません。あなたであっていいのです。そして、その愛された、愛されたゆえに力まないあなた自身から、すべてが始まります。

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by rev_ushioda | 2009-07-15 17:22 | Comments(0)