「何をしてほしいのか」

私が小学生の時、学校給食で、どうしても食べれないスープが出ました。なぜ、皆、平気で食べているのか不思議でした。私には、食べれないのです。どうしようかとあせって、そうだ、歯が痛くなろうと思ったのです。そうすれば食べなくても済む、と考えたのです。そうしたら、不思議に本当に歯が痛くなってきました。そこで泣いて、保健室行きです。スープは食べずに済みました。(でも帰ってきたら、飲みたかった牛乳まで、片付けられていたのにはがっかりでした)。
このように、病気であったら結構、得するということを「病床利得」と言います。たとえばいつも忙しく、また厳しいお母さんですが、子どもが病気になると、仕事を休んでくれる。優しくしてくれる。子どもは、うれしいです。しかし、もし健康な自分になると、また忙しく、厳しいお母さんに戻ってしまうのではないか。子どもは、このままずっと優しいお母さんがそばにいてくれたらと思うのですが、良くなったら、また一人ぼっちになってしまう。そういう無意識の不安があるために、私がしたように、病気の自分という「役回り」を、知らずに演じることがあるのです。
それが1回だけだったらいいのですが、この「病床利得」から抜け出せないで、大人になっても、こういう状態を引きずることがあります。健康になりたい、問題を解決したいのに、このままの自分でもいたいのです。そうしていると、いろいろと人が心配してくれるからです。自分の居場所がそこにあるからです。こうして、いつも自分には問題がある、というところをぐるぐる回ります。問題に気付いたら吹っ切ればいいのに、それができない。なぜでしょうか。本当は自分(まだ自分も知らない自分)と向き合うことが怖いからです。
キリストは言われました「何をしてほしいのか」。もう私たちを見抜いて言われるのです。だから、このキリストの前で、本当の自分と向き合えるのだと思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ ランキング参加のため、押してから移動くださると感謝。
[PR]
Commented by Nao at 2009-07-04 00:19 x
どうもこんばんは。少し久しぶりに覗いてみました。
いやぁ、こういう話題は何だか他人事ではないです…。今度、ゆっくりこんなことについてもお話してみたいです。
変わろうとしていない自分と闘って行かなければいけないのに、それがなかなか出来ずにいるのです、私…(>_<)
Commented by kenn@izumi at 2009-07-04 10:27 x
Naoさん
そうですか… 何か、心にかかるテーマだったような、感じですね。自分と向き合うのって皆、結構大変ですが、意外とできてしまう場合もある。そうすると楽なんですが… 書き込み、有難うございました。
by rev_ushioda | 2009-06-25 21:24 | Comments(2)