「教会は屋台だ」

私は、かつて20年間、座間市というところにいましたが、桜の季節になると、そこに住んだことを思い出します。教会の近くに、なかなか立派な桜並木がありました。毎年、桜の時期になると、そこで「桜まつり」が行われ、屋台が出たり、カラオケ大会があったりで、大変なにぎわいになるのです。さて、そのにぎわいなのですが、どうも花を見るというよりも、いろいろなグループで輪になって、食べたり飲んだり、そこに並んでいるたくさんのお店を覗き込んだりしていく人が多いのですね。花より団子とはよく言ったものです。
さて、通りがかりの、いろいろな人がそこに並ぶお店を覗いているのを見て、私は、そうだ、教会とはこういうところだ、と思っていました。つまり、形式的な、レストランとは違う。レストランは、ステテコでは入れないでしょう。ナイフとフォークも使えないといけません。カタカナで書かれたメニューもわかっていないと、注文も出来ません。ある程度の身なり、マナーが求められるのです。ところが、お祭りの屋台はどうでしょうか。まさかステテコの人は見かけませんでしたが、屋台のまわりにはいろいろな人が何の制約も受けずに集まり、思い思いに楽しんでいるのです。教会もそうだ、と思いました。教会は、誰でも、何の制約もなく、そこで人生を楽しむことができるところです。本当の意味で、自分らしくなれるところです。
他方、世の中はどうでしょうか。学歴、経験、一定の身分がないと、受け入れてもらえません。誰も皆、格好をつけ、多少背伸びしているのです。そうしないとダメだからです。居場所がないのです。だから、疲れます。そういう社会にあって、キリストは言われます。「疲れた者、重荷を負う者はだれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」。
多少乱暴な言い方をすれば、教会は、屋台なのです。桜の花ビラならぬ、神の恵みが降り注いでいる中で、人が本当に自分らしく生きることができるところなのです。

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Commented by hilolily at 2009-04-17 23:46 x
ブログ拝見しました。泉教会が屋台でしたの
で、私は「疲れました、本当に疲れました」と言って受洗しま
した。ところで、屋台は屋台骨も大事です。いつかMパパが
坊やの名前の一字「ケン」の字を「教会を建てる の建です」
と教えてくれました。
Commented by rev_ushioda at 2009-04-17 23:49
hilolilyさん、そうですね、信仰はステップアップしていきたいものです^^
by rev_ushioda | 2009-04-17 12:19 | Comments(2)