「音が消えた話」

私たちの教会では今年、近くのホールで朗読劇を上演します。同じホールで、以前、一人芝居「マリー・マグダレーン」を上演しましたが、その数日前のことでした。横浜著作権協会というところから、この劇で、音楽は使いますか、という電話が入ったのです。私はこの劇はすでに一年前に観ていたので内容は知っていましたから、即座に「使いません」と答えました。そのあと、一応、確認したほうがよいと思って、出演者に電話してみました。すると、「使います」という答え。実際、上演されたその場にいると、ホールは大きなBGM、あるいは効果音で響き渡っていたのです。私の記憶の中から、そのすべての音が消えてしまっていたのです。
なぜなのかを考えてみると、それほどに、劇の内容に引き込まれてしまったのだと思うのです。そう言えば、この劇の印象を何人かの人に聞いてみたのですが、何かをすると、通常、良かったと言うのを聞きます。確かにそのように言う人もいて、本当に良かったという印象を語ってくれたのですが、今回は、「衝撃的だった」という声を多く聞きました。何かの企画で、衝撃的という感想は、あまり聞かないものです。なるほど、そのような強烈な印象があったために、音が、私の記憶から消えてしまったのだろうと思います。
聖書に次のようなことばがあります。「天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す・・その響きは全地に/その言葉は世界の果てに向かう」。天が物語る言葉、神のメッセージは全地に響き、世界の果てに向かっているのに、なぜ、私たちはそれを聞くことができないのか。神などいないとか、関係ないと、なぜ言えるのか。それは、神に問題があるのではなく、それが聞けなくなっている私たちに何か問題がある気がします。キリストと出会った女性を演じる一人芝居に惹かれて効果音が聞こえないのは、これは問題ないでしょう。しかし、神の言葉が聞こえないほど、自分の事柄やこの世の事柄に惹かれてしまうことがあるのです。皆さんはいかがでしょうか。この世の事柄から自由になって、ぜひ、全地に響いている神の言葉を聞いていただきたいのです。
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by rev_ushioda | 2009-03-23 13:14 | Comments(0)