「ハートマーク入り人生」

私が初めて教会に行った時、高校3年生でしたが、賛美歌に初めて出会いました。あとから、隣にいた人がこう言いました。「潮田君は自分で作曲して歌ってるね」。歌とは縁のないそれまでの生活でしたから、言われて当たり前でした。今でも、音符がよくわかりません。だから、人より0.1秒遅れて歌うという、特技が身につきました。礼拝では、だいぶ苦労しています。
さて賛美歌に限らず、楽譜には、その初めや終わりに、シャープとかフラットという記号が付いています。そのシャープ、フラットは、一度そこに書き込まれると、歌う人、演奏する人は、終わりまで、その記号を意識しなければなりません。初めに書き込まれた記号は、ずっとその曲を支配するのです。それを忘れたり、知らなかったりすると、勝手な歌、勝手な演奏になり、作曲者が意図した曲にならないばかりか、感動も生まれてきません。
私たちの人生にも、神さまによって書き込まれたシャープ、フラットがあります。神さまのシャープ、フラットは、ハートマークです。聖書の初めに、「神は(世界のすべてを)見て、よしとされた」という言葉があります。神は、私たちの人生に「よし」「極めてよい」というハートマークを付け、あなたはすばらしい、という演奏を始めたのです。そればかりではなく、途中、至る所にこのマークをつけました。「わたしの目にあなたは値高く、貴く、わたしはあなたを愛している」と。これは、聖書の言葉です。
ところが私たちは、ハートマークを“演奏”しなかったのです。自分の人生は自分で作る、と言って、神さまなしの人生を演奏しています。ハートマークが書き込まれた人生という譜面を自分勝手に演奏するものですから、何か変だな、感動もない。それだけでなく、人に迷惑を及ぼすものとさえ、なっているのです。
神さまのハートマークを探しに、あなたも教会においでになりませんか。日曜日朝10時30分に初めての方もお迎えしています。泉教会は、相鉄いずみ中央、または地下鉄立場、下車、どちらも13分です。

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by rev_ushioda | 2009-01-01 20:51 | Comments(0)