.

           牧師の部屋にようこそ     
               
   

       これは牧師の個人的なブログです。
       まず、教会の近くからの景色をご覧ください。これが教会のある場所です。
       晴れた日の夕方は、この場所は「観光名所」になります。
      (注:下の動画にはBGMが入っています)

           

 ブログ村 >  「歩く旅」  から来られた方は・・・
     → 右の「タグ」から、 「東海道を歩く」「中山道を歩く」「大山道を歩く」 を
        クリックしてください
       
       
  

 テーマ別に読む  一般の方は、右の「タグ」から 「電話メッセージ」をお勧めします。 
     私の趣味は旧街道歩きです。関心あれば、「東海道/中山道を歩く」もどうぞ。


3.教会案内

    → 泉教会地図・教会案内は ここ 

    → 泉教会ホームページは ここ
      

ご注意:ブログに付けられる広告は、当方と一切関係ありません

[PR]
# by rev_ushioda | 2017-12-31 23:59 | Comments(0)

「活動会員」

洗礼を受けると、その教会の「教会員」と呼ばれます。

教会員は、第一に、洗礼を受けたときのペースで、これからも礼拝出席を続ける人です。
第二に、月定・会堂献金によって、教会の働きを支える人です。額は自分で決めていただきますが、定期的にしてくださることが大事です。
第三に、年2回の教会員総会に出席する人です。泉教会の場合、教会員総会は長老を選ぶことが中心で、他に活動や会計の説明ですから、礼拝後の30分です。

ところで、洗礼を受けると、なぜ「教会員」になるのでしょうか。それは、一人ひとりにはキリストに従う者としての役割、機能があるからです。「あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」(コリントの信徒への手紙一 12章 27節)と書かれている通りです。キリストの体の部分としての役割を果たすため、私たちは、教会の一員という、有機的なかたちを大事にするのです。たとえば、教会員総会で長老を選びます。その時に選ばれるのも、選ぶのも、教会員なのです。誰でも長老になることが出来て、また誰でも選ぶことが出来るのではありません。こうして選ばれた長老は、教会の牧師を招くこと、礼拝を招集すること、会員を受け入れることをはじめ、教会の活動全体に仕えるのですが、その「選ぶ」という一番大事なところ、キリスト者の信仰が立ちもし、倒れもする一番大事なところで、教会員が、かかわるのです。キリストの体の部分であるというのは、そういうことです。
洗礼を受けただけでいいではないか、と言う人もいるかも知れません。しかし、それは「群集」であることと、ほとんど変わりません。好きな時にあっち、こっちと動いてしまうのです。キリストへの責任を果たせる立場にいないのです。ですから、最初に挙げた3つのことが3ヶ月以上ない教会員は「不活動会員」とされ、当然のことですが、教会の責任を果たせる立場(選挙権・被選挙権)を失います。キリストに従う(キリスト者である)というのは、教会に生きる、ということなのです。教会に生きるとは、礼拝を守り、主が再び来られる時まで、教会を次の世代に手渡していくことです。群集であっては、その責任が果たせないのです。



[PR]
# by rev_ushioda | 2017-11-10 10:34 | Comments(0)

「妻、古稀の祝い」

60歳で還暦を迎えた後、70歳で古稀、77歳で喜寿。これから次々と節目を越えていくことになるが、ひと足早く、妻が古稀を迎えることになった。
「人生七十古来稀」なるほど、古来稀な人がわが伴侶かと思うが、さて、どのように祝ったらいいのか。考えたあげく、古来稀な仕方が分からず、結局、旅行ということになった。しかし、今までとは違う、70年に一度の部屋を取ろうということで、今までの4倍くらいの値段の「露天つき和洋室」というところに、行ってきた。じゃらんで探してみても、部屋に露天風呂がついているだけでは面白みがなく、あきらめかけていたところ、ベランダがあり、庭があり、開放感があって露天、かつ庭に面して室内風呂もあるという、ここに決めた。(和洋室というのはベッドがないと体中痛くなるので、洋室は欠かせないため) 場所は湯河原。ゆっくりすごせそうだ… 客室露天っていいなあ、でも、お風呂から出たら、妻は、もうベッドで眠っていた… やはり、古来稀な人である。
f0086426_10554751.jpg

[PR]
# by rev_ushioda | 2017-11-07 10:36 | Comments(0)

「説教批評」

牧師会では説教の研さんが行われる。今回は私の説教の当番であった。「潮田先生らしい」という感想が何人かから述べられた。以前からそういう評価が与えられることが気になっていた。
実は、牧師会での説教は、直前になされた説教となっている。使徒言行録を講解しているのでこの日はどこになるかと思っていたが、いよいよ近づいてきて、ここか!と思った。困ったなあという意味である。使徒言行録19章11~20節、開かないでもいいが、こういう個所だと困ったなあ、と率直に言って、そう思ったのである。その前の説教(成瀬教会から招かれておこなった説教)にしてしまおうか、という誘惑があった。そういう誘惑と戦いながら(笑)、準備した。そして、先の評価である。
私は思った。困ったなあというところをうまくすり抜けてしまったんだな、と。そしていつものように、自分で納得できる、分かる説教になった。牧師会では、「牧会的」「教会形成的」と言われ、おおむね良い評価であったかもしれない。しかし、私にしてみれば、それは、すり抜けた、というのが当たっている。そこのところを、ズバリ、おひとりA先生が指摘されたのであった。カウンセリングだと思った、と。実のところ、今日になって、説教をその場で聞いていた一人の姉妹から、ご主人とちょっとしたすれ違いがあり、怒らせてしまった重い心をもって説教を聴いていたが、説教を聴いて「泣きそうになった(慰めを受けた)」と。カウンセリングだと思った、という評価は、まさに的中であった。良くも悪くも、説教とは何か。いつになっても突きつけられてくるテーマである。



[PR]
# by rev_ushioda | 2017-10-04 17:03 | Comments(0)

「代わって祈ります」

「今、ちょっといいですか」見知らぬ女性からの電話でした。「大丈夫です」と言った瞬間、電話口で泣き始めました。泣きながら、今、離婚の調停を進めているところだということ、事はうまく進まず、夫に投じた、なけなしのお金も戻らない、弁護士にも誠意を感じられず、自分の体調も良くない。キリスト教学校に行った者なので、お祈りはしてきたが、一向に埒が明かず、もうどうにもならない。切羽詰った電話でした。
この方がどなたか、どういう事情か、詳細をお聞きするわけにもいかず、お聞きしたところで、どうにかなるものでもなく、ただ「よく、お電話くださいました」と言うしかない内容です。「よくお電話くださいました。あなたがどうにもならない時のために、この電話がつながったのです。私が、あなたに代わって祈ります。いつでもお電話ください。」そう言って電話を切りました。
これをここに書いたのは、これは牧師の仕事ではなく教会の仕事だと思うからです。この方は、教会に電話をくださいました。牧師に電話してきたのではありません。教会に電話したということは、教会はこの方のためにあったのです。私たちは自分のために教会があると思っているかも知れない。しかし、教会は、少なくともこの方のためにあったのです。私は、皆さんを代表して電話に出たにすぎません。だから、皆さんが言うのです。 - 「よくお電話くださいました。あなたがどうにもならない時のために、この電話がつながったのです。私が、あなたに代わって祈ります。いつでもお電話ください。」
皆さんの祈りは、他の誰かのための祈りなのです。皆さんが聖書を読むとき、それは他の誰かのために聖書を読むのです。皆さんが礼拝に出るのは、他の誰かのために礼拝に出るのです。20年を超える教会に今いるのは、そういう信仰の成熟、献身を期待されているのだということを覚えたいと思います。自分の気分で教会を私物化せず、まだ知らぬその誰かのために、今、共に出発したいと思います。

[PR]
# by rev_ushioda | 2017-09-30 00:21 | Comments(0)

「横須賀ツアー」

I短大後援会のツアーに参加。今回は会員に横須賀の人がいて、特に市役所で長年働いていた人でもあり、この機会に横須賀に行こうと、なった。7人というミニツアーであったが、良いコースを提案いただき、先週1週間忙しかったので、海を目の前にお茶したり、美術館にも行き、次元を変えた一日で、リフレッシュできたし、有意義でもあった。
到着時間が早かったので、まず横須賀の概略がわかる「横須賀市自然・人文博物館」に。…といっても名前ほどの堅苦しい博物館ではなく、広大な館内の展示はわかりやすく、しかも無料で見ることができた。
さて、今回のコースは、三笠公園で「記念艦みかさ」→軍港めぐり→横須賀美術館(特別企画「tupera tupera 絵本の世界展」)→観音崎ホテルでお茶→ポートマーケット という具合であった。
ポイントの第一は、戦艦「三笠」乗船である。→ http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/ 説明してくれた方はその経歴からしても、ガイドの場所が戦艦三笠であることからも仕方ないが、右寄りの考えを持って説明しておられて、私としては公の場所ではニュートラルな説明がほしかったなと。
それはともかく、ポイントの第二は、軍港めぐりである。→ https://www.tryangle-web.com/naval-port.html 横浜とは全く違う、明治以来、軍との関わりなくして語れない横須賀という場所に立って、どのように平和を考えることができるか、という重い課題がつきつけられた。目の前にあるいくつもの戦艦は、いかに被災地支援に役立ったとか、設備がすばらしいとか言われても、しょせん戦闘に使われるものだ。アメリカの艦船は、ここから戦地に出航していく。自衛隊の艦船も、2年前に安保法が成立して以来、戦争に組することが通常任務となった。横浜の港を見慣れていた目に、横須賀の軍港を見て「おお」と思った思いが何か、よく整理しなければならないと思いながら帰路に着いた。手に海産物の土産を手にしながら…
ポイントの第三は、横須賀美術館。今回は絵本の原画が展示されていた。後援会のツアーでは訪問先に必ず美術館が入ってくる。いつも思うのは、このような創造的な作業は、牧師にも必要ではないか、ということ。これについてはまた機会を改めて書くことにしたい。


[PR]
# by rev_ushioda | 2017-09-18 23:53 | Comments(0)

「美濃国13日」

これは、お世話になった「美濃国街道指南書」(笑) 岐阜県内の旧道ガイドである。
現在の地図に重ねて、赤線で旧道が記されているので、周辺の交通事情が分かり、大変便利であった。しかし実際は、さらに詳細な地図も持たなければならなかったが。このようなガイドブックが、現代にしてたくさん出版されているのだ。ハイキングブーム、また20年近く前から五街道敷設400年ということでの旧道ブームもあって、出版が相次ぐ。地元市町村も歴史の保存、観光客誘致なども相まって案内板の設置など良くしてくれるから、ガイドブックなしでも結構、歩けるが、肝心なところで道を間違えるから、やはりガイドブックは必要である。

このガイドブックを見ながら、思うのは、美濃に入るとき、小学校1年生になった孫が同行したこと。今回、5年生になったその孫が再び同行し、今回は美濃を抜けるところだった。美濃国通過に足かけ5年(実際は13日)かかったということである。

f0086426_11315236.jpg

[PR]
# by rev_ushioda | 2017-09-08 12:22 | Comments(0)

今回、ついに信濃国に入ったことが最大のトピックだ。西から来て馬籠手前で、下の写真のように美濃、信濃国境を通過した。
…ところが、それは12年前までの事。12年前の市町村合併によって県境が北に移されたため、現在の岐阜、長野県境は、まだ先になってしまった。
しかし、ここは旧街道だ。それまでの長い歴史は、今、ここが美濃と信濃の国境だと物語っている。そこを通過、私たちはついに信濃国は馬籠宿に到着した。(到着したが、30分後にバスが出るということで、馬籠の観光は次回にお預けと相成った。)
それにしても島崎藤村は『夜明け前』で、「あの山の向こうが中津川だよ。美濃はよい国だねえ」と言った「よい国」に、「市町村合併」によって今は属することになったのだ。馬籠に至る街道に点在する集落の、長年の希望がかなえられた思いが伝わってくるような気がした。


f0086426_16535295.jpg


今回は、孫を連れて前回の終点、深萱立場までは駅からかなり離れているため、そこまではタクシーで行って、そこからの出発となった。まずは「十三峠」という山中の道を行き、大井、中津川、落合、馬籠に至る4つの宿場をめぐるのが今回のコース。山間の道、山中、水田地帯、再び山中の道に入り馬籠に至るという、変化に富んだコースだ。それにしても御嶽から馬籠を歩いてみると、それより西の道とは打って変わり、「旧中山道」イチニチジュウヤマミチである。
距離は、時間としては一日目が3時間、8.7キロ。二日目が5時間、9.8キロ。三日目が4時間、8.4キロであった。お天気は晴れ。気温は30数度だったと思う。さすがに日影のない道路は暑いが、今回の「武器」は、写真の菅笠(三度笠)。これが抜群の威力を発揮した。
2日目、時間ばかりかかって距離は伸びてないのは、孫が疲れていたこと、暑かったこと、昼食の時間が含まれたことなどの理由だ。3日目は孫は元気だったが、1日目と同じ距離なのに時間がかかってるのは、かなりのきつい上りだから、である。

ちなみに、後日談をここに挿入すると、帰宅した日から1週間、ずっと曇りや雨。腕の日焼けを見ながら、汗だくになり、三日間でペットボトルを10本も飲んだほどの道行きは夢だったのか、と思うほどの落差を経験した。

1日目
深萱立場から大井宿(現在の恵那)8.7キロ。まずタクシーで前回の終点に向かった。
深萱立場より西の大湫宿(前回通過)から、大井宿まで、この山中の道を「十三峠」と言う。しかし山中の道は、実はさらにずっと西の御嶽宿から続いていて、御嶽から大井宿は、31.2キロの山中の道で、途中は現在、旅館、ホテルはない。細久手でかろうじて江戸時代から続く宿が一軒だけあり、そこに泊まらないわけにはいかなかったわけである。この区間は幕府が命じて新設した道。世は移り、明治になって街道の用を終えたあとは、街道は世間の動きから取り残されたので、かえってそれが功を奏し、宿場、一里塚など、ほぼそのまま残されている。そういうわけで、30キロも、山中に道を開いてしまう幕府の権力を思いながら歩くことになった。
深萱立場からは、しかし山中ではありながら山間の畑の中を行くことが多く、比較的今までと比べて楽であった。早くも色付いた畑を舞うトンボの群れの中を進んだ。

途中、休憩した場所に、再び、ガイドブックを忘れて取りに戻ったというハプニングがあった。(今来たばかりの道なのに、一人、山中を歩くと、クマが出ないかとか、急に不安になった。たとえ孫であても、旅は道連れとはよく言ったものだと思う)

2日目
大井宿(恵那駅前)から中津川宿まで9.8キロ。
とにかく暑く、田舎道で木陰も少なく、菅笠が役立つ日だった。そのためか孫の体力がもたずに、中津川宿(中津川駅)でリタイア。
大井から中津川は、全般に農村部の田舎道といった感じで、中津川に入ると一面、田畑の田園地帯になった。山間部を抜けてきたので、久しぶりに見る田園である。途中には休憩をとる店もなく、中津川に入ってようやく1軒の食堂を見つけた時はほっとした。
途中、甚平坂というのがあって、ここは浅田次郎の『一路』を読んで、山の上から見下ろすと、坂の下からも大名行列がの上ってくるという、鉢合わせの場面である。小説と重ねながら歩くと、初めての道も何やら懐かしい気がするから不思議だ。中津川に入れば、そこから島崎藤村の『夜明け前』が彷彿とすることになる。

3日目
中津川宿から馬籠宿まで8.4キロ。
中津川を出てしばらくすると、とんでもない急坂に出会った。とにかくすごいので、「きのう、無理してこないでよかったね、正解だった」などと孫を持ち上げて話したのであった。坂の上に立場があり、そこの田園風景といい、さらに、そこからは下り坂になるのだが、遥か向かいの山々を見渡す景色が、また何とも気持ちよかった。
落合宿をあっという間に過ぎると、そこからは馬籠に至る、上り坂が始まる。落合の石畳は苔むして、なかなかの風情だった。と、そんな具合に、昨日、体力を温存した分、思いのほか軽快に上ることができた。木陰で道いっぱいに新聞紙を拡げて休んでいたら、郵便配達のバイクが来て、あわてて道をあけたら、あちらが「申し訳ありません」だって。
さて、馬籠宿が見えた。島崎藤村の『夜明け前』には、こう記されている。「美濃方面から十曲峠に添うて、曲がりくねった山道をよじ登って来るものは、高い峠の上の位置にこの宿を見つける。」 私たちもついに馬籠宿を見つけた! ただし、この有名な宿場に入るのは、次回の楽しみに残すことになって、30分後のバスに飛び乗り、往路4時間「よじ登って」来た私たちは、30分で中津川駅前の人となった。

次回、馬籠宿内を楽しみながら、馬籠峠を抜け(ここが現在の県境)、次は妻籠宿。いよいよ「木曽路」に入る。楽しみだ。旧道を歩く旅は、水平の線と、歴史という垂直の線とが交わる現場だ。非日常体験に癒されるだけでなく、水平の線から入って行って、その現場の垂直の線、歴史の息遣いを体感できるのがいい。スポットでそこに行っても、感じられないものがある。伊達に菅笠かぶっているわけではないのデス。読者の皆さんもどうですか、挑戦しませんか?


f0086426_12285943.jpg

f0086426_21400761.jpg



[PR]
# by rev_ushioda | 2017-08-31 12:34 | Comments(0)

「講演」

講演依頼を受け、レジュメを準備したが、う~ん、やはり、一日かかってしまった。レジュメは以下。これで2時間弱。いわゆる企業研修ということで本職とは違うが、社会貢献できるのは悪くはないと、今回、昨年に続いて2度目の講演となる。

f0086426_00192151.jpg


[PR]
# by rev_ushioda | 2017-08-18 00:26 | Comments(0)

「サムエル ナイト」

教会で子どものお泊り会「サムエルナイト」が行われた。去年からこの名前で始めた土曜日から日曜日の礼拝にかけてのプログラムである。開会礼拝、湘南台文化センター、教会でおふろ、ギョウザパーティー、賛美集会、お泊り、朝の散歩、そして礼拝という内容。大人の人たちの協力をいただき、特に子どもたちと一緒に一泊してくれた山本夫妻、また、夜の賛美集会は外部からギターを弾ける伊能先生の協力をいただき、何とか終了。
子どもたちは、「教会で大事なお祝いの日は3つ、何と何か」ときくと、クリスマス、イースター、サムエルナイトと答えるほど、大好きである。(三つ目は「ペンテコステ」が正解)

f0086426_00370747.jpg

[PR]
# by rev_ushioda | 2017-08-13 00:31 | Comments(0)